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匿名希望
プロフィール

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20/09/06 (Sun)
Sへ
ctime: 20/09/06 (Sun) 20:15
夕方、30分も歩くと、体温調節がうまくいかないからか、倒れるんじゃないかってくらいカラダものすごく熱くなって、きつくてさ。だから休み休み歩くんだ。公園がみえりゃすぐベンチ探してさ。亀か、ってくらいのろいペースで行きついて腰降ろす。そこで20分くらいボーっとしてしまう。もはや爺だ。むしろ爺なんだと思うことにしてる。だとすればおかしくはないじゃん。実年齢なんか誰も知らないじゃん。表情もめっきりふけてるし。御多分に漏れず俺だって年齢とともに幾分図々しくもなって、他人の目とか気にしないようになって、別に働いてなんかない平日だけど昔、20代前半の頃のような罪悪感はいだかなくなってる。
図書館に着くと最近は「猫町」を読んでる。朔太郎の。なぜか頭に文章が入って来る。読んでると落ち着いてきて、たまにはいい文章にも出会うけど覚えが悪いので引用出来ない。
記憶がだいぶあいまいになってる。眠れてない。昨日とか一か月前の第一日曜の掃除機の音とか明日の夕食とか2年後の今日とか小学生の頃の図画工作の授業とかぽつぽつ思い出したり思いめぐらせてはなんとなくポッカリ穴開いたような頭で、また「猫町」読んでる自分を発見したり、平日二時過ぎベンチに座って和んでる自分を見る。痴ほうっぽい。
しっかり病院通いもしているしな。爺。
そんな日常だよ俺は。
色んな感情や尖った欲望、いやな記憶、楽しさ、哀しさ忘れたよ。
此れまでの自分が堂々巡りの中で失敗を続けてきたのはあったし、まさに愚かなからくりの中で、飽きるような文章ばかり書いていた。今も変わりないかも知れないが、これは自分しか分からない感覚だが、違うステージに入ったなと感じる。ステージ? 俺が今言おうとしているのは、老い、って一般的には言うのかもsれないただそれだけのことだろうとも思う。
でも、ステージをひとつ上がってしまうと、もう降りれないんだなという感覚はわりと真実だ。
別に悪くもない。自分が他の、もっといい他の誰かであったらと無理に足掻く内面との闘いもやめられていく。
まあ、いつになったら眠れるんだろう。次またいつ書く気が起きるかね。でもまた姿を消しても中途半端に戻ってきてこうやって書くんだろうよみみっちく。
20/06/13 (Sat)
ユリコへ
ctime: 20/06/13 (Sat) 19:18
なあ、ユリコ。卑怯な事繰り返して生きてきた末には他人をヘンに邪推する癖がついちまって当然の報いのようにこんな時、こんな日に、久しぶり、どうしてる?と声かける友達も見つからない。街を歩けば、またチラホラ点きはじめた窓の灯りの内側で、盃を酌み交わし、合えない日々に積もらせた胸の底をぶちまけあってる人々をうらやむんだ。彼らに比して不幸で哀れな自分をほの甘く抱きながら……。なあ、ユリコ。オレ、社会的距離なんてもんがユリコに指図される以前から何故か半径周囲2メートル(バナナの葉っぱ1枚分)にそれが存在していたようなんだ。このまま、人との接触をさけて下さいって言われちゃう世の中の風を真にうけながら知らず知らずのうちに30才になって、魔法が使えるようになってるのかなあ。なあ、ユリコ。俺と言う存在が誰かと分かち合えたような想い出があるとすれば、こんな街の中にはないらしいんだよ。それはどこだろうって?  “そこ”は、前々から、もう看板も剥げて営業しているのかどうか不明な謎の店みたいで、噂では、もうじき本当に潰れるらしい。俺もいつかヤケになってそこの存在証明書を捨てていて、今やつながりなんてあったのかと疑える初対面のような遠い距離感から、またスタートしなくちゃならない。でも俺、今俊足を履いてるから大丈夫かな。コーナーで差をつける。でも、ユリコ。今の俺は、誰かに比べて追いつこうとか世の中の流行に合わせることにも疲れてきたんだよ。その場を共有していない他人の局所的な苛立ちや憤懣が切れ目なく目に入って来て、どこに行ってもどこかで聞いたような音楽が耳に入って来てさ。なあ、ユリコ。ユリコもその緑の洋服に合わせて、D&Gの香水を使っていたりするのかな。なあ、ユリコ。ユリコ。人が「ツイッターやインスタ“などの”SNS」っていったとき、“などの”の中をどれくらい想像してるんだろう。ただのレトロな写真撮れるアプリでしかなかったインスタの、もっと以前のネットに何があったのかなんてわからないし、しろうともしないんだろうね。でも、ユリコ。そんな偉そうなことは俺にも言えないんだよ。せいぜい電車男が流行したころくらいからやっているだけだし、ほかに6や7つくらいしか想像できないんだ。やっていたりしっていたって次々なくなっていって、ただの文字のやりとりだけではリアルの記憶と違って実感や感触として記憶に残らないからやっぱり忘れやすい。そんな“かつてあったもの”のなかに、これから入ってしまうような“そこ”を、やっていてよかったことって何だろうね。“そこ”でのやり取りの中で、知らない誰かのただの文字に対して心暖かくなったことも、確かにあったとは思うんだよ。なあ、ユリコ。SNSは似た価値観の人とだけどんどん付き合うようになるもんだけど、深入りしない関係性でいられ、弱い紐帯のように細くしかし確かにつながっていたようなそこが好きだったんだよ。今じゃ笑ってしまうけれどライオンの鬣みたいな髪型の男に影響されて、同じヘアワックスも買ったこともあった。音楽も教えてもらったな。マイブラのラブレスやセバドーのベイクセール、ダイナソーjrの2ndやガールズのALBUM、Kocorono。なあ、それらは最高のアルバムだったよ。でも、ユリコ。ユリコ。ユリコ。ユリコ。ユリコ。ユリコ。今やそれらのCDもすべて売ってしまったし、一人でそれを聞いて楽しむ代わりにリアルのほうで充実していれば、未だに童貞なんてこともなかったのかなと思うこともあるんだ。だから、いい機会だろ。この、円の人も潰れちまえ。遅かれ早かれ、なんかのきっかけで、みんなネットを離れリアルに居場所を見つける。それでいいんだ。リアルの方が大事で良いんだよ。リアルにはあんなに豊穣で切実でかけがえのないものが溢れてるのに、それを知らないまま定位置に座りカチカチカタカタ時間を擦り減らすのだけは終わってる。だから潰れるにまかせちまえ。ごめん、ユリコ。ちょっと乱暴な気持ちに任せてしまったね。落ち着いたらまた話すことにするよ。
20/04/24 (Fri)
随筆・円の人登録ありがとうございます
ctime: 20/04/24 (Fri) 19:48
http://hito.enbbs.jp/essay/index.cgi/

是非とも売れっ子ブロガーになってください。

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