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つれづれ吐露日記
笹森 小太朗

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20/01/11 (Sat)
Category:つれづれ
新年を迎えました
ctime: 20/01/11 (Sat) 2:18
あけましておめでとうございます。
誰も見ていないだろうけど。
12/31という日と1/1という日と何が違うの?
という思いはあるけれど、最近は季節やいろいろな節目を楽しみたいという気持ちが強くなった今日この頃。
これまで、走り続けたって感じ。
走り続けたくても、10年ぐらい前から、いろんな障害が私の人生に発生し、走り続けることができな日々が続いた。とは言っても、走らざるを得ず、走り続けてはいたけれど、ただ忙しいだけで、読んで字のごとく、無駄に忙しい、りっしんべん=心 亡=なくす。心をうしないかけていたように思う。
もうそろそろ、走るのをやめて、歩いてもいいんじゃないかと思うようになった。もっと
身近な季節の変化、季節の行事に目をむけていいのではと。
お祭り騒ぎではなく、その由来を考えてみる的な?

今日、ふと思った。私は最近見ず知らずの人と文通を始めた。リアルにあったことはないけれど、純粋に文通を楽しんでいる。
もし、私に何かあったら、相手は、手紙が来ない。どうしているのかなどと心配するかもしれない。住所は知ってるが、電話番号などは聞かないし、教えない。
私に何があっても、相手には伝わらない。私が死んだり意識不明で入院中でも。私は一人暮らしだからね。猫はいるけど。そこで、考えた。
最後の手紙を書いておこうと。
「この手紙をあなたが読んでるということは、私はすでに死んだか、意識不明の重篤な状態で、〜的な書き始めで、文通してくれたことに感謝を述べて終わりを告げる。いや、2通用意した方がいいかな、と。意識不明になったとき用と、死んだとき用と。
これを誰かに託さなければならないけど、嫌がるかな。
私は、124歳まで生きてギネスに載りたいと思っており、人を押しのけてでも、自分の命にしがみつくけれど、それでもどうにもならないことって起こり得るじゃない?そんなときのために、最後の手紙は用意しておいた方がいいような気がする。
そんなことを、つらつら考えるようになったのは、やっぱり年のせいかな。
コメント
ポテチン 20/01/25 () 17:11
僕もあと2,3世紀は長生きしたいです*
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